バイオインフォマティクスとはどういう学問領域であるか?についてはいろいろな意見がある。似たような状況は伝統的な学問である“物理学”や“生物学”についても感じるときがある。僕の思っている物理学と他者の思っている物理学が違うな,という具合に。establishされた学問領域でさえ人によって定義が違うのであるから,新興勢力であるバイオインフォマティクスについて落ち着きどころが決められないというのは自然なことのように思われる。優等生的な,つまりどういう人とでもうまくやっていけるような無難な言い方をするのであれば,「バイオインフォマティクスを標榜する人がやっている学問がバイオインフォマティクスである」というような,再帰性のある歯切れの悪い答えに行き着くしかない。
そういった定義をも十二分に認めた上で,あえて私的にバイオインフォマティクスの意義や目指すところを述べてみたいと思う。というのは一緒に研究をするような人たちとはこの点について(ローカルに)共有していたいと願うからである。
僕にとってのバイオインフォマティクスというのは,あくまで生物学に属す。生物を理解する方法がたまたまコンピュータシミュレーションやデータベース解析だったという生物学だ。だから科学的に面白くないとそれはつまらない。面白い研究というのはいろいろあると思うのだが,個人的には生命現象がタンパク質の細かい作用にまで還元されて説明されると嬉しかったりする。では,例えばコンピュータが少しでも関係した仕事が生物学的に面白ければそれはバイオインフォマティクスとして良い研究なのかというとちょっと違うように思う。コンピュータや理論がどういう風に関係しているかがポイントなのだと思う。
よく聞くのは,実験データがいっぱいあって人がいちいちデータ処理をしていたのでは追いつかないのでコンピュータを使って処理してみたらかくかくしかじかがわかりました,という話だ。この場合,量をこなすことが重要なのであれば,コンピュータの貢献はもちろん大きいのだが,それではただの計算マシンとしての働きしかないじゃない??と思えてしまう。
バイオインフォマティクスとは,コンピュータの助けなしでは解明できない生物学的に重要なことがらを,理論的なもののとらえ方を明らかに質的または量的に進展させることで解明することを目指す学問分野である,と思う。
だから,実験データの単なる整理や既存方法での処理を,バイオインフォマティクスの成果だということに違和感を感じる時がある。たとえ結果が生物学的にインパクトがあるものでも,理論的な進展がないからだ。また逆に,単なる新しいアルゴリズム,プログラムの開発や,他の分野で評判だった理論を生物に焼き直しただけの仕事もバイオインフォマティクスとして価値が高いのかどうかは微妙だと感じる。理論的に面白くても,実際のデータで使い物にならなければ生物学への貢献がないからだ。
新しい理論的な見方や解析方法ができて,それによって生物学が豊かになる。これがバイオインフォマティクスの理想だと思う。
いつも自分がそういう研究ができているとは全く思っていないが,目指す気持ちは忘れないでいたい。
太田元規